記事の中にある通り私は
「私が日本にいた2013年頃にここまでしょっちゅう耳にするものじゃなかった」
と思ってるんですけど、もし私が世間知らずなだけで
「いや当時からしょっちゅう使われてたよ!」
って場合はすみません。
もちろん当時から「発達障害」って言葉はあったし、それをテーマにしたドラマやらテレビ番組やらもあったと思うんですけど、ここまで日常的に使う言葉として浸透してはなかった気がするので、ブログを始めてみてびっくりしたんです。
「発達障害は特別なものではなく、多くの人が持っている身近なもの」
という認識はあるのですが、あまりにも軽く使われ過ぎでは…?なんて思っちゃいました。
またまたデリケートな話題ですが、とりあえず明日もよろしくお願いします!
「発達障害は特別なものではなく、多くの人が持っている身近なもの」
という認識はあるのですが、あまりにも軽く使われ過ぎでは…?なんて思っちゃいました。
またまたデリケートな話題ですが、とりあえず明日もよろしくお願いします!
↓アホなぱん太ですが、珍しく真面目なことを考えています!よろしければ応援にクリックしてください!
コメント
コメント一覧 (15)
多分、発達障害にも色々と種類や人それぞれの特徴があること、大人になってから受診して薬などで症状を抑えたり出来ることが周知され始めたのが大きいのかと思っています。
出来ないこと、失敗を繰り返してしまうことももしかしたら発達障害の特徴なのかもしれない。困って悩んでいるのなら恥ずかしいことではないから一度病院に行ってみたら楽になることもあるよ!と善意で伝えたいのかもね。
違う人もいるかもだけど
「自分は発達障害」て言って
それ以後テレビでも特集を組まれたり
したことから世間に
知られたんだと思います。
実際は、専門家に見てもらわないと
よほどの事じゃない限り
発達障害かなんて、わからないですよ。
私もだけど、誰でも人と違って
気になる事や、おかしな所があるし。
しかし「ここがおかしいよ日本」
のテレビ番組より
ぱん太さんの指摘の方が面白い。
昔なら、「ちょっと不器用な人やね」で済んでたものが、こうやってちゃんと病名がつくと、複雑な気持ちになりますね。もちろん、それによって楽になる部分もあって、多くの人が救われた(多くの人は、すごく頑張っているにも関わらず、努力が足りない、怠け者とのレッテルを貼られて苦しみます。)んだと思いますが、一方で、病名がつかなくても、その人はその人として、丸ごと認めることはできなかったんかな、と少し悲しい気持ちにもなります。いろんな人がいていいんだ、という寛容さが、今の日本には失われているような気がします。
いつも楽しく拝見してます。ドイツとのカルチャーショックネタは特に興味深いです。
これからも応援してます。
私は小学校で特別支援学級の介助員をしてます。クラス30人いれば、3~4人発達障害の生徒(グレーゾーンも含め)がいると言われてます。実際の現場も同じです。昔は、落ち着きのない子、我慢できない子と云われたのが、発達障害と名前がついたんだと思います。
発達障害と言う言葉が、クローズアップされるようになって、教育現場でも個性に合わせて自立できるように指導してますよ。
大人より子供の方が個性的な子として受け入れてますよ。
昨日といい、炎上しかねない難しい話題でちょっとハラハラしてます。
昔はちょっと落ち着きのない人、ちょっと変わった人とかで済ませられていたのが
今じゃADHDだとかアスペルガーだとか多動だとか
なんだかギョっとする名前を付けられるんですよね。
でもそう診断されることで、ショックもあるけれど
こういう風に考えがち・行動しがちだよ~という症状がわかるから
そこを気を付けよう、という対処が身につけられるし
なんで自分はこんな簡単なこともできないんだろう?と悩む必要がなくなるし
診断は大事なのですよね。
人に言われて初めておかしいのかも、と気づく人は実際いるので
そういう体験や身近な人がそうだったりで
よかれと思ってコメントしているんでしょうね。
でも健常者だって、たまにすんごいバカなことやドジなことするし・・・
難しいですね~
確かに 専門家でない限り、発達障害かどうかの診断はできないと
思いますが、早めに診断が付いて 適切な療育をすれば、本人の
生きづらさがかなり改善するらしいですね。
そういう意味から「発達障害かも知れないから、検査を受けて」
というコメントをされているのだと思います。
それとは別に、近頃 NHKの番組で「バリバラ」という番組があり
障害を持っている方が 自身の障害を笑いに変えて 受けをとって
おられました。
例えば、手足に障害を持っている方が「手も足も出ないわ」とか...(^^;
障害といってしまえばそれまでですが「個性」なんだと 身を持って
教えられた思いがしました。
身の回りでも 障害に対しての考え方が 少しずつ変わってきているように
感じます。
長文失礼しました^^
コメントありがとうございますー!
それだけ発達障害というものがきちんと認識されてきたことの証拠なんですよね。
明日のブログにもちらっと書かせていただくのですが、私にも身近に発達障害を持った人間がおり、やっぱり子供の頃からどうも違和感を感じていたみたいです…!
ひょっとしたら「発達障害では?」とコメントされている方の中には、自分が人から指摘されて気付き助けられたから、という経緯を持っている方もいるのかもしれませんねえ。
私芸能人あんまり詳しくないんですけど、栗原類くん知ってます!
なんだかボンヤリした感じのミステリアスな人ですよね!
彼も発達障害だったんですか…!彼みたいな影響力のある人が、正しくポジティブな形で発達障害の存在を知らせてくれるのってすごくいいことなんでしょうねえ。
そしてそのテレビ番組も懐かしい…!スタジオの日本語達者な外国人達が好きでした(笑)
他の方のコメントでも教えていただいたのですが、やはり最近の認知度は栗原類さんの功績なんでしょうか…!
認知度が低かった当時に人気芸能人の方がそれを言うのは勇気があることだったでしょうに、すごいですねえ。
実は私のパートナーであるクリスが、20代初めの頃にパニック障害になって一時的に仕事が出来なくなり、やはりあゆさんの書いてくださった例のようにご近所から「あそこの息子は怠け者で無職だ」と言われて辛かったそうです。
田舎町ですし、年代がある程度上の方にはパニック障害というものがちゃんと認知されていなかったらしく…。
やっぱり老若男女問わずきちんとそういった存在が認識されているらしい日本は、とてもいいことなんだと思います。
たとえ「発達障害」と名前がついても、感覚としては「個性・特徴」として受け入れる意識が必要なのかもしれませんね。
星の件、わざわざご報告いただいてありがとうございます~!!
カルチャーショックネタは私自身がすごく興味のあるジャンルなので、楽しく描いています(笑)
これからも頑張って描きますー!!ありがとうございます!
子供の発育に関するプロの方からコメントをいただけてすごく嬉しいです!
大人になって考えが凝り固まってしまってからよりも、子供の頃からきちんとそういった認識を学び、実際に触れ合って受け入れる方がとても簡単で自然なことなんでしょうね…!
プチネタバレになってしまうのですが、私の身近な人間が発達障害と言われるものの1つの特性を持っており、やはりそういったものがあまり認識されていなかった小学生当時、何かと苦労したそうです。
子供の教育現場の内容に変化があったのは本当に素晴らしいですね…!
今こうして学んでいる子供達が大人になった時に、自身の経験も踏まえて今後もしっかりと正しい認識を広めていってくれることを願います。
コメントありがとうございますー!
ちょっと…というかかなりジャンルの違う話になってしまうかもしれないんですけど…私、日本にいた頃からとある体調不良がありまして、でも病院に行っても「多分ストレスのせいですね~」って言われて、心当たりも無ければ何の対処法も無かったんです。
でもドイツに来て大きな病院に行った所、あっさり「元々血糖値が高い病気で、それが原因だ」と指摘されました。
「自分は病気だし、気を付けないと糖尿病になる」というショックも受けたのですが、原因が判明してものすごくスッキリしたのを覚えています。
原因が分かればもちろん、薬や生活習慣の見直しという明確な対処法もあるわけですから。
だから「個性や特徴」ではなく「障害」として認識されたことの一番の良さは、やっぱりそこで、私自身もすごく理解出来ます!
善意で指摘をされる方は、やっぱり自身がそういう経験をされて、すごく助かったからなのかもしれません。
…そうなんですよね。
私が英語もドイツ語も出来ず何も知らず世間も知らず好奇心と謎の自信だけでぽんとドイツに飛んでしまったのも、今思えば相当アホですからね…幸運にも結果オーライですけど!!(笑)
個性を受け入れられない周囲から「あの子は変わってる」と言われたり、自身で「なぜ私は人と違うんだろう」と悩んでいた方が、障害が判明したことで救われるんですよね…!
NHKのその番組は全く知らなかったのですが、思わず笑ってしまいました…ウマい!!(笑)
思えば、身体障害関係は以前からそうやって世間に正しい認識を広めつつありますよね。
乙武さんがその代表ですものね。(さ、最近スキャンダルを起こされたそうですが…)
他の方のコメントで教えてもらったのですが、モデルの栗原類さんが自身の発達障害についてメディアを通して伝えられたそうで、そういった動きが今後もどんどん広まればいいですね!
私自身、発達障害の部分がありますが、普通に生活はできております(たぶん)。
でも普通にできない、普通がわからない感覚があるので、そのあたりは私は発達障害があると言いたくなるときはあります。人によっては、それは単なる言い訳。単なる甘えに思われることもありましたし、奇異な目で見られて、離れる人も多かったり、それでいじめがひどくなったこともあり。そんな自分を責め続けていました。
本当に”普通”と言われる人の感覚が理解できないのです。
日本はみんなと同じ、それ以外は排除という感覚があるので、自分とは違う人を見ないようにするのがあるのかもしれません。でも、何が違うか理由がわかれば、納得するのかもしれません。知らないことほど怖いものはありませんので。
お母さんに「子供が発達障害があるのでは?」と親切に話される人は、お母さんが子育てを、子供の躾ができていない、と悩まず済む意味でおっしゃられている人もいらっしゃいます。ので、難しいですが、その人がどのような意味で相手にいうのかによって、また意味合いが違ってくるのかもしれませんね。
発達障害だからよい悪いではなく、単なる個性としてみてくれるのであればありがたいですが。
長文失礼しました。m(__)m
いつも見ていただき、とても嬉しいです!
もっと発達障害が正しく認識されれば、「この人はなんだかよく分からないけどちょっと変だから避けよう」などではなく、ただ単純に「なるほど、いわゆる発達障害なんだ。お互いに歩み寄ろう」と思える人も増えていくはずですよね。
他の方のコメントで頂きましたが、今は名前が1人歩きしている状況みたいなので、今後の課題でしょうね!
あまりにも軽々しく(たとえ悪気が無くとも)「発達障害!発達障害!」と口にする人がいればやっぱり閉口してしまいますし、「発達障害なんて言っちゃいけません!」と妙に高い壁を作ってしまう人も差別につながるのでは、と心配してしまいますし、その辺の基準は難しいところですね…!